ラベル 日々のこと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日々のこと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年5月8日金曜日

追悼

2020年4月27日
画家・井田英夫さんが闘病の末、旅立たれました

慕う方々が作成してくださった特設「井田英夫ウェブサイト」からも
井田さんの大きさ(体格もとってもおおきい方なのですが)
不在の大きさ、画家として世にもたらしてくれたものの大きさを
改めて感じています

                                


闘病にはお疲れ様と言いたい

出会えたことに感謝したい


それでも、

幾晩明けても思うのは


夢であったなら、、、、、、


ということで


捧げる言葉を探しあぐね、
また深い穴の前で立ち尽くしてしまいそうになるのですが

何度も書き直した、ことのはたち

今日は青空に放ちます




「五頭山」
(2012)


しっかり歩き、

元気に登り、

過ぎゆく季節を愛で、

井田さんのように魂宿る絵を描く作家たちの世界に心を浸し、


途中、途中で、不意に井田さんや、先に旅立ったひとたちを思い出して

目の奥がぎゅっとなりながら



手を、足を、頭を、
自分のために、自分の成すべきことのために、誰かのために
動かしたいと思います


でも、
ことのほか、がんばろう、などとは思わないことにします


どなたも、どなたも、
このようにして生きてきた中で、出会えたひとだから


井田さんと、井田さんの作品と、
こんな風にして、かけがえのないものとして、出会えるなんて


この道を選ばなかったら
きっと、なかったことばかり


そのときの一生懸命で
疲れたら休んで
ダメな自分も
遠回りの道もたのしんで


晴れたら遠くの山の頂を眺めます


井田さーーーーーん



「2月27日」
(2018)



絵はいいですね


前とは違うこころもちで
そんなふうに思えるようになったのは
井田さんと出会ったお陰でもあります


出会ってから僅か3年足らず

アートつながりのたくさんのお知り合いがいらっしゃる中に、突然舞い込んだような私にも
同じように、昔から知っているようなちかしさを感じさせてくれた井田さん


私たち夫婦共々、お慕いしながら

いつか、たびのそら屋でも個展を開催させていただけたらいいな、と

はるか遠くの頂を眺めるような気持ちで
願っていました




2019.7.22 
新潟絵屋さん「井田英夫 展」にて

私の服もシマシマで
図らずもおそろいになってうれしかった日




折々に下さったお便りやメールで、
次回(の帰省時)こそ訪ねますと、気にしてくださる井田さんに

どうぞご無理なく、また絵屋さんで会えたらそれで、
とお伝えしていたのでしたが

昨年9月の「小松弦太展」に、お友達と一緒に訪ねてくださったこと、
本当にうれしかったです


帰省した折は、庭や家の片づけをしています、とおっしゃっていたその意味を、
先走りして深く考えないようにしていましたが、

ひとつひとつの行動が、ちからを振り絞ってしていたことに違いなく、

たびのそら屋を訪ねることも、果たしたいことのひとつに思ってくださっていたこと、
長い移動でお疲れだったでしょうに、展覧会をじっくりと楽しんでくださったこと、
会場がいつになく狭く感じて、たのしかった時間を、

何度も大切に思い返します



2019.9.7

井田さんのお友達さま
井田さんをお連れしてくださって、同じ時間を過ごしてくださって
本当にありがとうございました




2020年4月27日月曜日

初オンライン呑み会・想天坊(純米原酒)山田錦

私が長岡に滞在している間はお互いに「単身赴任」みたいなことになっている我々夫婦

在宅勤務混じりになった夫から夕方早めの時間に「ハングアウト」の通話が掛かってきました
(通常の出勤だと帰宅はもっと遅いです)

「ハングアウト」はビデオ通話のできるGoogleアプリ
全く活用してこなかったのですが久々にやってみると・・・

コレ、食卓挟んでしゃべっているのと一緒だね

つまり。。。 オンライン呑み会できるねヽ(゚∀゚)ノ
てことで



30分後に集合~~


とはいえ今日は残り物ばかり
しかも筍ご飯と鰊の煮物は母作(*ノωノ)

なのでお料理自慢ではありません

お酒自慢(。-_-。)かな?



本日は河忠酒造さんの
想天坊/純米酒/一回火入れ原酒
(新潟県産山田錦100%使用)


アルコール分14度と抑えてある飲みやすさと
この季節に向けて仕込まれたお酒らしい晴れ晴れとした明るさ
山田錦の旨味を新潟酒らしい程度に抑えつつ味わわせてくれる感じ

好きだなあ(*´▽`*)


ご近所の佐田酒店さんで買いました

佐田さんのお店のサイトをリンクしようと検索したら・・・
出てきたのは『月刊にいがた』さんのオンライン紙面☆



実は3月号の誌面で、私も小さな写真付きで掲載されたのですが
新型コロナ感染の広がりの中でお知らせしそびれました。。。

また改めて





餅米をせいろで炊いて
お醤油を効かせたおこわにするのが実家風




美味しかった

母健在




ひとりの時は、晩酌は「ほぼ」いたしませんが、今宵はふたり晩酌
手付きで1合ほどしかなかったお酒と肴が終わって解散、となりました

このくらいだとアフターでまだひと仕事できます

オンライン呑み会、オンライン夕食はアリでした

2020年4月15日水曜日

3年目にして

maisonの裏に、桜の樹と並んで生えているタラノキ




1年目も2年目も、この時期はバタバタしていて食べそびれ
3年目の今年こそは、の初収穫




展覧会のまとめや梱包・発送を終えて
ようやくひと息




初タラの芽と共に

初こごみ
初越後姫
初筍ごはん

あたたかいお心遣いのいただきもの

しあわせです





付け合わせのよもぎの生麩に蕗みそも
大好きな味




一人で食べるには贅沢過ぎる春の味

呑みますか( *´艸`)1杯だけね


天ぷらに添えたのは、
このところカツオのたたきに付いてくる「さくら塩」




原材料は「食塩・桜の花・梅酢」

お刺身より天ぷらに合う気がしたの
☆期待通り☆




街路樹の銀杏も、中庭の紅葉も、裏のハゼの木も
一気に芽吹きはじめ


しばらくは楽しき会食も、おしゃべりする機会も
控えて過ごす予定だけれど

自然界は賑やかで目が離せないことがたくさん
やることもたくさん



大変だったこと、うれしかったこと、力にかえて
たっぷりの余韻の中で、次の準備


美術館にもギャラリーにも、観たい展覧会が開催中
今しばし、自身の健康観察をしたのちのおたのしみ





と思ったら、、、 ----
緊急事態宣言全国に拡大決定のニュース(4/16 夜)


ひとつひとつの判断や時期ややり方はいちいちギモンだけど
ひとまず

花角知事はどう判断するか
各地の首長の見解もそれぞれとても興味深い


新潟県に休業要請補償の財政はあるのか
ウチは対象外として、世の多くのお店さんのこと

それは本来は国がしっかりやるべきこと


もし今も自分がcaféで生計を立てて一人で生きていたらと思うと
とても他人事と思えず


もし私が街頭インタビューを受けたら
(受けそうな場所に出かけないから受けないと思うけど)
自分がわかる立場のことだけを言うとしたら

小規模店舗賃貸自営業飲食店 の救済策を声を大にして求めます





2019年8月20日火曜日

追悼

2019年8月18日
高田で大変お世話になった、かけがえのないひとが旅立ちました




64歳

まだ若い子どもたちと、愛するひとを残しての旅立ちは
あまりに
あまりに早過ぎて

ご本人の無念も
ご遺族の哀しみと喪失の深さもはかり知れず

受け止めがたい思いですが


師とも言えるそのひとは
私に言うと思います


あなたはあなたの人生を

これは俺の人生





いくつもの挑戦を重ね、自ら人生を豊かにし、苦悩ごと味わい、
伝え、築き、残し、時代に刻み、
10年のリハビリの日々と春からの入退院を経て、この去り際まで、

最期まで丸ごと示してくれた生き様を
垣間見せていただいたひとりとして


これまで交わした言葉、示してもらったこと、
笑い合った時間、もたらしてもらったつながりを

どれだけ自分の血肉に代えて、次の誰かに渡すことができるか
私もちゃんと私の人生を生ききれるか


自分を問う灯が、またひとまわり明るくなってしまったと感じます


それはゆく先を示してくれる
消えることのないあたたかい灯でもありますが

照らさないでーー と思ってしまうくらい
情けないことまでお見通しのひとが増えるのは困ります、と文句を言えば


きっと笑って

みんな情けないもんでしょ、

と仰るでしょう



涙より笑いを

悩んだら軽やかにステップを


一番大事なのは 愛 と言ってはばからなかった方


まっすぐに、
ほんとうの言葉を
語ってくださる方でした




どんなに言い聞かせてみても、哀しみはいくらでも溢れ出ますが


生きている間に、
伝えたかったことは、伝えることができたと思います

彼を慕う多くのひとに、そのための時間の猶予をくださったことも含め


宮﨑 眞さんの人生に、
惜しみないスタンディングオベーションを

感謝と敬意を込めて
しずかに捧げます



昨年末の展覧会の折にアップした記事です↓


作品はいずれご家族にお返しすることになると思いますが
いましばらくの展覧会の間、出会っていただけたらと思います



2019年8月1日木曜日

長岡の夏2019

長岡で過ごす2度目の夏

8月1日から3日間開催される「長岡まつり」が近づくにつれ、
駅前の商店街は装いが整えられ、スーパーの売り場は賑わいを増し、
町全体がそわそわしている気配を感じながら

2日・3日の「長岡花火」は平和を願う慰霊の花火
ということを、例年以上に受け止めています




昭和20年8月1日は長岡空襲が始まった日で
市街地の8割が焼け野原と化し1,488名もの命が失われたと

このまつりは、その慰霊の念、復興に尽力した先人への感謝、恒久平和への願いを伝えるためのものであると、
各戸配布のパンフレットには、長岡まつりの起源についても丁寧に書かれています


このたびは、折しも遠方から訪ねてくれた旧友親子と、
長岡駅前にある「長岡戦災資料館」を訪ねることができ、
その戦禍を更にリアルに感じることができました


長岡空襲の爆心地は maison からもほど近く(わずか200mほどの距離)
裏を流れる柿川の上流では、炎から逃れるべく人々が身を投じたものの
夏の渇水期だったこともあり救われぬ命も多かったとか

まさにこの地で繰り広がった痛ましい戦禍と復興
知らずに過ごすわけにはいかない歴史です


8月1日
74年前のこの日に空襲が開始された時刻22時30分に合わせて
今年も打ち上げられた慰霊の花火「白菊」

祈りを捧げながら
この刻のあと、1時間40分にもわたる空襲が続き、
町が焼き尽くされるまで、炎と煙に包まれたのだ思うと
いつになくそら恐ろしい気持ちになりました




「長岡花火」では、お盆とはまた別に、
遠方のお客様をお迎えするお宅も多いのだとか

長岡の花火は本当に素晴らしくて、
ただただ感嘆しながら楽しく宴を共にできるのは
これぞ平和、なによりのしあわせ


でも、悲惨な歴史を伝え、この過ちが繰り返されることのないよう
声を上げ続けてくれた方々が居ての平和、

ということも身近に感じることのできる
長岡の街、と知った夏です










2019年7月28日日曜日

外壁修繕終了

連日、思わず笑ってしまうような暑さです
(もちろん悲鳴混じりの苦笑ですが

命がけともいえる夏
いかがお過ごしでしょうか




私は思い出深い出来事が続いています

来し方を、感謝を込めて振り返るような再会や
行く先がたのしみになるような出会い

いずれも今立つ足元を確かめ
この先を照らしてくれるような出来事です



まずは2ヵ月に及んだ外壁修繕が終わりました(7/27)



覆いが取れたら、まるっと日差しがあたるようになって暑さ激増(;'∀')
シェードや木陰の重要さを実感します



今回、延べ何人の方が携わってくださったことでしょう
それぞれの工程で、それぞれの分野の職人の方々にご尽力いただきました

暑い日も雨の日もありました
古いコンクリのはつり、ヒビの修復、剥落部の再建、朽ちたパーツの交換、
粉塵も大変、塗料の匂いも大変、
電気屋さんはじめ、みなさん繁忙期をぬって作業してくださいました


なんたって最初と最後、足場組みと解体は、
屋内に聞こえてくる掛け声からも大変さを感じました
往来の多い平日より土曜を選んでくださったのもありがたかったし、
大人数を投入してくださった組み立てはすごかった・・・

一度、足場に登らせてもらったのですが
覆いがあってもコワかったです
そこを皆様、重い道具を持ってひょいひょいと・・・


こういう方々の仕事のお陰で生活や街が成り立っているのだと
改めて感じた日々でもありました


ともかく老朽化の著しかった壁面の修復が大目的でしたが
職人さんたちにこんなにお手入れしてもらったうえ
「きれいになったね☆」といろんな方に褒めていただいて

このおうちもうれしいのじゃないかな (。-_-。)


お手入れを要する所はまだまだあるのですけれども
私たちとほぼ同年代の我が " maison "  
一緒にがんばっていきましょう



取りまとめの会社さんには
本当に全方位に細やかに配慮・調整していただき
大変ありがたかったです

こういった建物修繕をご検討の方にはぜひご紹介したいです
お尋ねください☆


2019年6月28日金曜日

青いメゾン

6月1日から始まった外壁修繕


しっかりと造られた建物ではありますが経年には抗えません
遠目にはわからなくともなかなかの満身創痍

いましばしがんばってもらえるように
微力な私たちにできる精一杯を


青いシートで覆われた  "blue maison"


職人さんたちのご尽力で作業は順調に終盤に向かっています

全体が完了するのは7月半ばの予定ですが、
エントランスと建物正面は、6日からの展覧会に間に合うように
終わらせていただける段取りです


屋内も、シートの反射でほんのり青いひと月でした


電気、足場、下地、造作、シーリング、塗装・・・
作業内容によってそれぞれの職人さんたちが、高い足場の上で
手を動かし、技の粋を尽くしてくださっているのを感じながら

7月の展覧会「ツクルノコト」の会期に備えます





2019年6月27日木曜日

桜の樹の下で

5月末の川べりは、
イタドリが河川敷を覆い尽くす勢いで育っていました



半月ほど前に手前から刈り始めていたのは正解で、
そうでなければ近づくのも容易でないほどに
イタドリは私の背丈を超えて成長し、茂みは倍にも膨らんだ様子です

一本が大きく育ってたくさん葉がついている分、
一本を刈り取るだけで視界がぐんと拓ける感じは気持ちのよいもの

鎌を持っていないので用いたのは活け花用の鋏でしたが
これがなかなか優秀で

長い茎をそのまま横たわらせておくより土に還りやすいかしらと
茎が空洞になっているイタドリを、ヂョキンヂョキンと何分割かに切りながら
茂みを拓いていきます



愉しみのひとつはイタドリを除けた下に現れる野草たち

春に芽吹いて育ってきたであろう可憐な植物が、
イタドリの成長で太陽を遮られながらもひょろりと生きていたのが現れると
がんばったね!と讃えずにはいられません


ただ、植物たちは逞しく
適した環境がまためぐってくるまで、何年も種で眠って待つものもいると聞きます

刈られたイタドリも、しばらくすればまた同じ株から芽をだして
河川敷の支配権回復は時間の問題でしょう

敷地には笹も根を張っていて
手入れする人がいなくなれば、ここがあっけなく草木に覆われるのは
容易に想像できること




ふと、涼しさに手を止めて見上げれば桜の樹

炎天下であるはずの好天の午後が、こんなにさわやかで、
鳥のさえずりとせせらぎを聴きながら、
草刈りに没頭できるのはこの木陰のおかげ、と気づきます

この草むらで一番軟弱なのは
ちょっとの虫にもビクリと怯える私であるのは間違い無しで

庭シゴト、などと言ってしまいますが、
闖入者がわずかな期間を遊ばせてもらっているのだと思い至ります




6月末、案の定、イタドリは再生をはじめていましたが
代わって隆盛していたのはツル植物

これまた覆う系なので、今度は蔓オンリーの世界になりかねません
木をひきずり倒すこともある蔓植物は、時に恐ろしくも感じます
少し刈ってみると、その下に、新たな植物がよろっと生えていました

イタドリの葉の覆いが取れて、それっ!とお日様に向かって伸びてみたものの、
今度は蔓がやってきた・・・
「狐のボタン」を翻弄したのは、むしろ私でしょうか




桜の樹の下のひきこもごも
穏やかなのはほんのひととき

桜の葉につくアメシロについては、昨年を教訓に、
早めの対処が功を奏した様子ですが

この日はまた新たな問題発覚
今度はアソビと言うには余りある「事件」級


自然界にはかないません
かないませんが、どうか我々も安全に居させていただけますように・・・


お陰さまで、暮らすだけでなにかしらの経験値が上がっていきますが
何ごとにも動じなくなるには、

まだまだかかりそうです





2019年6月17日月曜日

展覧会の余韻

5月に開催したー木の器、草花の輪ー 
川鍋木八さんとひと葉さんの二人展

閉幕からひとつきが経とうとしていますが、
今もうれしい余波をいただいています


展覧会では、自然の素材のありのままの姿や個性を理解し、
面白がり、愛おしむ、お二人それぞれの志向や作品に触れるにつけ、

私もむしょうに手を動かしたくなって

展示が終わるのは名残惜しくも、
そのあとの日々が待ち遠しくなるような会期でした



最終日
照明をつける前の、朝の光だけのギャラリーが好きです


展覧会の片付けが終わってまず取り掛かったのは、
裏の草刈りと建屋外周の片付け

川鍋さんとひと葉さんが残してくれた、ワクワクを含んだ空気の中で

この1年半を過ごしてきた建物のことを、
これまでより丁寧に眺め、ゆっくりと敷地に佇んでみます


鉄筋の住まいも、大きく育った樹木も、自生の植物も、様々な生き物たちも、
当然ですが「良いこと」ばかりではなく

「私には太刀打ちできそうにない( ;∀;)
と思うような出来事もいろいろあるのですが

そんな見え方、感じ方が、
ちょっと変化したように思います




ひとつ終われば次へ、新たなものへ、未だ見ぬ先へ、先へ・・・
そういうことでなく

出会った作品から、作家の言葉から、居合わせた景色から、

何か、そのあとの日常にも残り続けるものを大切にできると
うれしくなります


出会った作品が暮らしを変えることもあれば
ハッとしたこころが、見える景色を変えることもあって


そういうことも
アートや手仕事のちから

ひとが素材を介してひとに向けて放つもののちから
なのかもしれないと感じます


受け止めるこちらの「土壌」も問われますが
こちらが痩せた土だった時には・・・
ありがたく腐葉土にさせていただきましょう(。-_-。)


7月に控えている「ツクルノコト」展では
どんな世界に出会えるでしょう

手足を動かし、自身を耕しながら
たのしみに待ちたいと思います



「ツクルノコト」

2019・7・6(sat)~16(tue)

※7・11(closed) 

OPEN 11:00~17:00

会期中の土日は18:00までオープン



2019年6月16日日曜日

1年ぶりの更新です

すっかりご無沙汰してしまったこちらのブログ
折しも最後の更新から丸1年

春からのワーーっとしたのが落ち着いて
ちょっと書きたくなるのが6月なのでしょうか




日頃は展覧会について書くことで力尽きるのです
それはもう渾身のエネルギーを注いで綴っています(。-_-。)


こちらはそれとはまた異なるモードで綴りたいブログ

思いのままに、サクサクと、書けるようになれたなら
もっとかろやかに、のびのびと、

日々のステップを踏めるようにもなれそうな




一年の間に保存されたままの文章たちは、
何をためらってか、放つことができなかった言葉たち

そのことが示す自身のアンバランスを
ようやく昇華できるような気がします


待てました

誰に報告するでもなくつぶやきます




全て時間のかかること

いい6月を過ごしています




2018年6月22日金曜日

気になる「飛び出す系」

新潟県立近代美術館で開催中の「白寿・江口草玄のすべて」展が
素晴らしかったです



「書」の見方も楽しみ方も、よくわからなくて
草玄先生のこともよく存知なかったのですが

ちょうど休廊日前日、行って来られたお客様が相次いで
お聞かせくださった感想に惹かれてにわかに出かけ、
すっかり堪能してきました

拝見できてよかったです
書とはこんなに楽しいものでしたか

墨のうねりの骨格には確かなることばがあり
読めないそれを読むのでなく、感じることを愉しめました

草玄先生が、文字・ことば・言葉の姿 を大切にして書かれていることを
解説を手がかりに、書の前に立って、実感することができた気がします


漢詩を書いたものが無いのは、そのリアルな心情に立てないゆえと
日本語による、情景・わびさびの伝わる句を
近年ではかな書きで、書いておられることも好ましく

それは文字以上に文字であり
アート以上にアートであるような

そしてパンク以上にパンクな
その道の険しかったであろうことを思いながら
信念の追求を拝見しました

たびのそら屋での「猪爪彦一展」と同じく、7月1日まで開催中です




遅れ馳せながら父の日に

今年の父の日は、行く先々で会った
よその「おとうさん」たちを思って過ごしていました

特別、何を思って、ということでもないのですが

この方も「おとうさん」なんだな、
この方も、この方も、、、と

仕事の顔のその方が、家では「おとうさん」であることが
いつになく微笑ましく思えたりして

ラジオからは忌野清志郎の「パパの歌」




折しも「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)では
「 父の日の、小さな読み物。 」という短い連載が始まっていて


本日、完結回を読みまして。。。 (/_;)


在りし日の父を思っている次第です


感謝したいことより先に
謝りたいことが浮かびます




世のおとうさん
どうぞ、今日も明日もお元気で

2017年8月16日水曜日

コスタリカ共和国

憲法上、軍隊を持てないはずが解釈によって可能とする日本と
憲法上は軍隊を持てるけれど、敢えて持たない選択をしたコスタリカ

日本も平和や環境立国を謳っているものの
コスタリカとは本質的にずいぶん違うようです



コスタリカ共和国が常備軍を放棄した年


2017年8月15日火曜日

おそらくは祈念ではなく希求

5月に父の衣類を整理した折
肌着やTシャツの類は比較的(心情的に)手放しやすかったのですが

これだけは… とたたみ直して箪笥に戻したのは
近年、愛用していたTシャツ



父自らコスタリカで買ってきたもの


常備軍を廃止し、軍備予算を社会福祉に充てるなど
平和国家・環境立国として独自の存在感を放つコスタリカ共和国に
父はとても関心を持っていました

親戚が駐在していた折に、旅慣れた友人たちを伴って
夫婦そろってはるばる中米まで訪ねることができたのは
(父にはそれが最後の海外旅行となりましたが
とても印象深く、よい思い出となったようでした




その姿勢を支持していた父のことに触れましたが

花森氏が平和への思いを仕事の基本姿勢として言明し、
見える形で世に示してきたように

父もまた戦前戦後を生きることになったひとりとして
祈り「願う」だけでなく、求めて「行動」することを
してきたひとだったと思います




父の「NO ARMY」のTシャツは色違いで2枚あったのですが
だいぶヨレていた白は手放して、ネイビーだけを残しました

白は夏の普段着、ネイビーはとっておきの時に
(場違いなどと思うことなくむしろここぞとばかりに)
着ていた気がします

それは父が平和を希求し続けていた姿だったのだと
改めて思い返します




新盆と
72年の不戦の日々に寄せて