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2020年3月1日日曜日

3月1日つれづれ(哀悼)

新潟県内も早かれ遅かれ、と思っていた事がついに報じられ、
昨夜は動揺のピークでした

春の展覧会については、状況次第での変更も視野に入れつつ、
(延期等、変更を決断した時はすみやかにHPで告知いたします ⇒ 



1月の矢尾板克則展で咲き始めた「シクラメンの大森さん」は


あたたかい室内で満開中



個人の暮らしとしては、ひとまず
これまでメディアで呼びかけられてきたとおり


人混みに行かない
大勢がいる閉鎖空間ではマスク
帰宅したらうがい手洗い

そして免疫力を落とさない生活
それには腸内細菌たちにお元気でいてもらうのがよいのですって


私の快腸の素はいつものヨーグルト
それは何か特別な乳酸菌をうたったようなものではなく
生乳100%で美味しい(コレ一番大事)
かつ、お手頃価格で(大事!)常に定価で、安定して
最寄りのスーパー店頭で購入できるもの(コレも非常に大事)


ひととあまり足並みを揃えない
というのもいつものこと

ひと様の動向が気になるくせに
「群衆」というかたまりには恐怖

家の日用品や食料の在庫を確認すると
多少心細いアイテムはあるものの
今日のところは買いに出るのをぐっとこらえて


そこには今日しか出れない、あるいは本当に急を要しているひとたちが
朝から殺到しているはずで

もうとっくに出遅れているし


これもいつものこと

私はだいたいのことに出遅れます

多分、逃げなくちゃいけない大事件の時は
情報入手が遅くて逃げ遅れてしまうひとだと思います

まだスマホじゃないし、
緊急地震速報(?)の鳴らない電話だし、
台風の時に乱発されたという「エリアメール」も当然無くて
ひとりで居ると、本当に静かなものです


それより
いつもより足りていないのはスマイル!スマイル!スマイル!


2/26 大事な大事なひとが亡くなりました

年齢をはぐらかして教えてくれなかった彼女は
私とひとつしか違わない年下でした


こんなつれづれより先に書きかけた追悼文があるけれど

私はまだ受け止めることができないでいます


こんなときに
何をどう笑えばいいのか


そうだ、
口角を上げるだけでもいいのですって

脳は不思議で、賢そうなのに勘違いもしてくれる
躰の示したことをそのままに受け止めてくれるので
口角がにっこり上がっていると、心はどんよりしていても
「笑っている」=うれしい・たのしい・可笑しい・ハッピー☆
と受け止めてくれるらしいです

気持ちもつられて上向いたら
しめたもの

いい流れを、いろんなひとのちからを借りながら、自分でつくろう

過ぎていく今を、今日を、大切に


このところ、2年前の大雪で傷めた腕がいよいよ悪化して、
これはなんとかせねばと新たな整骨院の門戸をたたいたところ、
ようやく納得のいく説明をしてくれる先生に出会えて通院しています

その先生の治療の中にも、脳の勘違いを取りれたものがありました

専用の鋭利な器具(家庭では爪楊枝でもよいとのこと)で
該当の場所近辺をツクツクツツク・・・ と、
イタっと感じるけれど傷つかない程度に刺激を与えると、
脳はそこがケガをしたと思って、その近辺に「治せーー」と自己治癒力を
向かわせてくれるとのこと


それは治療の中のほんの一部だけれど、
本人の持つ自然治癒力の手助けをする、というスタンスでの治療を丁寧に説明しながら、
断定することはせず、仮説を立てて観察しながら手当てしてくださる先生に
出会えたことの安心感

それだけで各所の細胞が治癒されているように感じます


本当は、自分が、それくらい
自分を大切に労わらなければならならなかったのだと思うのですが

ひとから入れてもらったコーヒーが美味しいように、、、
誰かに労わってもらうのはまた、届くところが違うのです


****************


巡りきた9年、というのとはまた違う意味合いで
今、2011年を思い返しているのは私だけではないと思います

こういう時の私は依然、変わらず気持ちが弱くて
がっくりです

こんな時、どう過ごせばよいか

情報にかじりつきたくなるけれど
テレビが無いのは幸いです

最初のうちは、テレビが無いことでの情報の遅れや取りこぼしが不安になるけれど
私などは見続けて無用に煽られて不安増幅すること間違いなし


あの時の何を教訓にできたのか
行動の何を変えることができたのか


自問しながらネットやラジオで
日頃からの頼るべの方々が発信してくださるものを軸に、
ある程度の見解を辿って落ち着きを取り戻します




世を駆け抜け、あまりにも早く天に昇っていってしまった
彼女なら、こんな時どう過ごし、何を発信しただろう、、、 

つい、頼りたい気持ちで思ってしまうけれど

自分で考えたり、調べたり、行動することを
祈りと共に捧げようと思います


刻々と状況は変わり、こころもまた揺れていくと思いますが

私も不安より希望を、活路を、
見出し、冷静に発信できるひとでありたいです


長いつれづれでした
もし読んでくださっていたら
ありがとうございます



橋本桂子さんに



2019年8月9日金曜日

旧友再会②縄文とカーディナル

桜並木を通ってようこそ maiosn へ
スイカを食べながらひと休み

アメリカでの暮らしや子どもたちの学校のことなど
日本との違いに驚きながら、これまでになくゆっくり、たっぷり
聞かせてもらっていたら時間はあっという間



最後は車で「馬高縄文館」へ行き全館満喫
私が見たかった企画展も一緒に愉しんでもらいました


山口三輪作品展、素晴らしかったです
9月1日まで



ここに5500年前からひとの営みがあったなんて・・・
5500年がどんな長さか想像もできません



後日、東京方面にも出かけた友人は
今回の里帰りは娘さんに日本を知ってもらう旅になったとのこと

私も、またとない旅をさせていただきました



はるばるお土産にいただいたのは、彼女が暮らすシンシナティを拠点に活動していた
著名なアーティスト、故チャーリー・ハーパーのグッズ

赤い鳥はカーディナル(ショウジョウコウカンチョウ)というそうで
実物を検索したら激しくソックリでシビレました

「最小限のリアリズム」と称されるデザインスタイルの巨匠
チャーリー・ハーパーもすごいけど

こんな素敵な旅をもたらしてくれた友人にも
ブラボー☆☆☆



遠くから見るとサングラスでもかけたような
目つきの悪いトリみたいですが、
ほんとのお目目は、ちょこんとついてるかわいいお目目の
カーディナル


2019年8月8日木曜日

旧友再会①太陽と祈り

7月末には、アメリカに住む高校時代の同級生が訪ねてくれました
12年前、高田の「caféたびのそら屋」にご家族揃って訪ねてくれて以来の再会

変わってない友人と
すっかり素敵なお嬢さんに育った娘さんと
すっかりカタコト英語さえ出て来なくなったワタシ(;´Д`)

たのしかった!!うれしかった!!!



長岡駅からアオーレ(長岡市役所)経由


知人に駅前で和食ならココ!と教えてもらった「太陽」でランチ

前から気になっていた知る人ぞ知るのお店
お昼のメニューは、ザ・ニッポンの日替わり定食(のみ!)

友人には懐かしの日本の味
Cちゃんもお箸を上手に使ってイカ刺以外は美味しく食べてくれました

私は夜の部でまた来たいです


その時には小上がりに飾られた色紙↑のいわれも
お聞きしてみたいと思いながら

お店の道を挟んだすぐ並びにある「長岡戦災資料館」へ


事前に長岡のスポットを調べた友人が、娘さんに見てほしいとリクエスト

大丈夫かな?とちょっと心配していましたが
大丈夫だったと思います


その後は maison に向かう途中の明治公園にある
「長岡空襲爆撃中心点の碑」に立ち寄って


柿川沿いの平和の森公園に向かいながら

彼女も昔からこういった歴史に深い関心があったわけでなく
この歳になって少しずつ・・・のこと、

アメリカで子育てをする中で思うこと、
とにかく平和が大事と伝えたいという気持ちを聞きながら

彼女とこういう話ができたり
こうして一緒に歴史に触れることができるなんて・・・と
ひたひたと感動していました




「太陽」を教えてくださった知人は戦前のお生まれで
朝晩、ウォーキングの途中でこの平和像にお参りするのだと聞き
私も時々ではありますが、来た時には見倣ってお参りします

そういうひとの祈りがこの町を包んでくれている気がして

平和への希求をまっすぐに語ってくれるひとがいることを
尊く、ありがたいと、このとほか思う夏



2019年8月7日水曜日

8月3日(土)長岡花火

この日はメゾンにて



開始に間に合うようにスタンバイ




昨日より風があって




ほどよく煙が流れて綺麗に見えます




今日はひとりなのですが




お伴はぬかりなく




この時間にも働くひとを思ったり




例えば病院から眺めているひとを
思ったり




たくさんの願いが打ち上がるのを




いつしか無心で




こんなきもちを
毎年確かめることのできる街




きっと何度見ても いとおしくって

よかったね、 よかったね、 と
言ってしまうと思います


この平和 続く限り




2019年8月6日火曜日

8月2日(金)長岡花火

家を出るのが遅くなって打ち上げが始まってしまったけれど
お陰で素敵な看板サインに遭遇しました



ここでしばらく見ていてもイークラいでしたが
河川敷へ急ぎます




私にとって、長岡の町を感じるランドマークの「水道タンク」
(旧中島浄水場配水塔)の横を通って土手に上がります




河川敷のフリーエリアは
打ち上げ場所に近づくにつれて観客密度がぎっしりですが
ほどほどの距離であればまだ余地は有ります




先客のお邪魔にならないように座った後は
もう ただただ見上げて

わぁ わあぁ。。 と




レンズに収まりきらないことにも歓声をあげながら




いろんな思いのひとが、同じように見上げる夜空




今年も一緒に見れてよかったね



また来年、と
花火師さんたちに感謝を送る光の交換


振り返ればライトアップされた水道タンクが
帰る道を教えてくれる



この水道タンクは長岡空襲を経て奇跡的に残る
砲弾痕の刻まれた戦跡でもあると

タンクをこよなく愛するひとが教えてくれました


私より何年も前に縁あって長岡に暮らし始め、
長岡の歴史を知り、この街にできることを尽くしながら
今やこの地域への愛情を語ってくれる

そんなひとと出会えた
2年目の夏


この町で、おともだちができはじめました

うれしい気持ちを
花火と一緒に刻みます